浅原健三(明治30〜昭和42/1897〜1967) 八幡製鉄所の大労働争議を指導。 明治30(1897)年2月28日、浅原は筑豊炭田の中心である福岡県鞍手郡宮田町に三男として生まれました。浅原が4歳の頃から父安太郎は100人程の 坑夫を雇い、小さな炭坑を経営していました。しかしまもなく破産。家には連日債権者がやって来ました。小学生であった浅原は兄と共に廃坑の跡を 歩いて鉄くずや金具類を拾い集めて金に換え、自分達の学費にしていました。その後様々な仕事を経験した後、忠隈炭坑の安全燈磨きに採用されます。 浅原にとって少年期の経験は後に労働運動をすすめる深い動機となりました。特に明治45(1912)年に忠隈炭坑で起こった大爆発が、浅原を社会運動 に駆り立てていきます。 明治45(1912)年6月1日、浅原が休日を過ごしていたその日忠隈炭坑の大爆発が起きました。誰もが炭坑の非常事態であると直感し、浅原も現場に駆け つけました。ガス爆発でした。 しかし炭坑爆発の惨状よりも浅原の胸に深く刻まれたのはその後の補償問題でした。遺族に扶助料として支給された額があまりにも少額だったからです。 炭坑労働者の命がなぜこんなにも安いのか。この対応に激怒した15歳の浅原は忠隈炭坑を去りました。 そんな中、兄の危篤の電報により浅原は八幡へ帰ります。これがきっかけとなり、浅原は北九州にて労働運動の渦中へ入っていきます。 大正7(1918)年、第一次世界大戦の終結により戦争景気が去り、深刻な景気後退に入りました。鉄鋼業も経営危機に陥り、全国各地の事業所で労働組合 結成、待遇改善の動きが加速されていきました。 八幡製鉄所における最初の労働組合は大正6(1917)年に結成された「労働総同盟友愛会八幡支部」です。当時、労働組合の多くが企業内結合であるのに 対し、友愛会は企業の枠を超えた横断組織でした。その後大正8(1919)年に友愛会から独立したのが日本労友会です。主なリーダーは浅原でした。 大正9(1920)年その日本労友会が引き起こしたのが戦前の労働運動史上でも屈指の大争議、八幡製鉄所の大労働争議でした。構内の作業中止の強要から 始まり、製鉄所各職場への投石、構内本事務所への押しかけ。その参加者は2000名におよびました。これにより製鉄所の全機能がマヒ状態に陥り、動員さ れた警官、憲兵も空前の数に上りました。結果、219名の解職処分、349名を検挙。争議を指導した浅原も治安維持法により検挙されました。犠牲は大きか ったものの、この争議は政府そのものを激しく揺さぶることとなりました。 八幡製鉄所は待遇改善として勤務時間12時間2交代制を実働8時間3交代制に、常昼勤12時間制を実働9時間制に変更する事を発表しました。これは賃金増額も 伴う画期的な労働条件の改善といえるものでした。後に出版された、この大争議を描いた浅原の著書『溶鉱炉の火は消えたり』は昭和初期の大ベストセラー に数えられました。 日本労友会を解散させた後、浅原は政界へと転出することとなります。 昭和6(1931)年の議会で浅原は失業問題で政府を問い詰めています。この時8時間労働制の実施の提案を行いました。 「日本の労働者は約400万人といわれており、400万人の労働者の1日平均労働時間は10時間強といわれている。この10時間の労働者400万人に8時間労働を実施 すれば、800万時間の余剰時間が生まれてくる。この余剰時間を、1人8時間労働を与えればそれだけでたちどころに100万人の失業者に仕事を与える事ができる。 これをおやりになってみたらどうか。」 失業者の救済のために、労働時間を短縮する。深刻な不況の中にある21世紀初頭の日本では、平成13年夏頃から完全失業率が5%を超す水準になると、ワーク シェアリングが盛んに唱え始められるようになりました。まさにこの思想を、浅原は昭和6年の時点で語っているのです。 実際浅原は官営製鉄所の争議を行った後、経営陣に8時間労働制を認めさせています。当時8時間労働制自体が先進的でしたが、それをワークシェアリングとも 結び付けていた事が窺えます。 浅原は代議士として労働者や失業者、台湾や朝鮮という植民地の人々、中国の人々を想う演説を帝国議会で行ってきました。常に支配と被支配の対立軸の中で、 弱き者の立場で発言していました。 昭和42(1967)年7月19日、浅原健三は東京の鉄道病院で亡くなりました。享年70歳。告別式は東京と北九州の2か所で行われました。
参考文献 『八幡製鐵所五十年誌』 八幡製鐵所編/八幡製鐵株式会社八幡製鐵所/1950 『福岡県百科事典 上・下』 西日本新聞社福岡県百科事典刊行本部編/西日本新聞社/1982 『八幡製鉄所労働運動誌 上巻』 八幡製鉄所編/八幡製鉄所/1953 『溶鉱炉の火は消えたり』 浅原健三著/新建社/1930 『高炉の神様 宿老・田中熊吉伝』 佐木隆三著/文藝春秋/2007 『挫折の昭和史』 山口昌男著/岩波書店/1995 『熱風の軌跡』 新日本製鉄八幡労働組合50年史編纂委員会編/新日本製鉄労働組合/1995 『反逆の獅子』 桐山桂一著/角川書店/2003 『ふるさと人物記』 ふるさと人物記刊行会編/夕刊フクニチ新聞社/1956 『史料でつづる福岡県メーデーの歴史』 高倉金一郎編・著/電産九州不当解雇反対同盟/1982